今回は節税を意識した役員報酬の決め方について解説します。
自分一人で起業したような中小企業の場合、経費のほとんどが役員報酬っていうことも少なくないと思いますが、あなたは自分の役員報酬の金額をどうやって決めていますか?
- なんとなく、自分が欲しい金額で決めている
- 損益予測して法人の利益がちょうどゼロになるくらいに設定している
- 会社の決算が赤字なのでもらっていない
こんな感じで決めている場合が多いのではないでしょうか?
残念ながら
1から3はすべて節税的には間違った決め方ということになります。
1はともかく、2はちゃんと税金のことを考えているような感じがしますし、3なんて会社が赤字なのであれば役員報酬は払わなくて当然という気もしますよね。確かに2や3は税理士でも提案してしまいそうな決め方なのですが、節税という面でみるとあまりいい決め方とは言えません。
役員報酬は実はかなり複雑で、法人税だけではなく所得税・住民税・社会保険なども考慮しなければいけないので、素人が節税を考えて設定するにはかなりハードルが高い経費です。税理士ですら、ちゃんと提案できる人は少ないのではないかなと思います。
適正な金額を設定するためには会社の財務面だけではなく個人や家庭のお財布事情も考慮する必要がありますし、会社の利益がどのくらい残りそうかによっても適正額が変わってきます。
ただ、税金や社保などの支出をできるだけ少なくしたい!ということだけを考慮するのであれば、実は抑えるべきポイントはそんなに多くありません。
今回は、毎年100社の役員報酬決定のアドバイスをしている税理士として、素人が節税を意識した役員報酬の設定をするために考慮すべき4つのポイントを解説します。このポイントをおさえておけば、現実的に生活できる範囲で最適な役員報酬を検討することができるようになりますので、ぜひ最後まで読んでご自身の役員報酬をしっかり検討してみてください。
役員報酬の基礎知識
役員報酬とは、という説明をここでする必要はないと思いますので、ここでは、役員報酬を決める上で押さえておくべき前提知識に絞ってご説明します。役員報酬を決める上で考えなければいけないポイントは以下の3つです。
順にご説明します。
役員報酬は定期同額でなければならない
これはご存知の方がほとんどだと思いますが、役員報酬は決算後3か月以内の株主総会で決定し、特殊な事情がない限りその後1年間変更することができません。厳密には変更することはできるのですが、期中に変更を場合には、税金計算の基となる所得の計算上経費にならない部分が発生します。
法人税法がこのような制限をしているのは、会社の利益操作を容易に行えないようにするためです。会社に利益が出そうだから社長の役員報酬を増額して利益を無くしてしまおうというような調整ができないようになっているということですね。当然ボーナスを支給することもできません。
なお、期中改定ができる特殊な事情とは、例えば退任や就任などで職制上の地位が変更になった場合などです。財務状況を理由に変更できる場合があるにはあるのですが、これにはかなり厳しい要件が必要で現実的には難しいので、基本的に役員報酬は期中改定できないと考えて下さい。
役員の家族も役員とみなされる場合がある
役員というと通常イメージするのは、登記簿謄本に記載された取締役、監査役のことをイメージすると思いますが、法人税法では登記上の役員以外に、「みなし役員」という考え方があります。
簡単にいうと、株主や代表者の家族など、実質的に会社の経営者グループだと考えられる人は、法人税法上では役員とみなして、役員報酬の制限を適用しようというものです。
これは先ほどの定期同額と同様、家族などにボーナスを支給して利益操作ができないようにという考え方ですね。家族は絶対にみなし役員になるというわけではないのですが、もしご家族にボーナスを支払いたい場合などは顧問税理士に相談してからにしましょう。
代表取締役は社保加入が必須
給与のうち社保の金額はかなり大きく、天引きされる個人負担分と会社負担分を合計すると約29%にもなります。給与に対する税金等は実はこの社会保険の負担が大きな割合を占めていて、実は中小企業だと法人税の税率より社保の料率の方が高い場合もあります。
役員報酬はさらに所得税も住民税も課税されるため、「役員報酬はできるだけ安い方が節税に有利」と言われているんですね。
社保に関しては、非常勤役員であれば社保に加入しないことができるため、例えば複数企業に所属している場合などは、非常勤サイドでは役員報酬を支払っても社保に加入しないということも有り得るのですが、「代表取締役は非常勤役員にはなれない」ため、必ずどの会社でも社保に加入する必要があります。
役員報酬の決め方のポイント
では実際に、役員報酬の決め方のポイントや注意点をご説明します。
税金面を意識して役員報酬を決めるにあたって、具体的に検討すべき点は以下の4つです。
会社が赤字でも社長の役員報酬は95,000円以上にしよう
「赤字だから役員報酬を支払っていません」というのはよく聞く話ですが、節税としてはあまりいい金額設定とはいえないかもしれません。かもしれない、というのは、会社や個人の状況としていろいろなパターンが想定されるので、場合によっては役員報酬を払わない方が有利になることも考えられます。
具体的にどういう点で間違っているのかという視点を解説しますので、役員報酬を支払っていないという方はご自身に当てはめて考えてみてください。
まず赤字でも給与を発生させた方がよい理由についてですが、個人の所得に対する課税の仕組みとして年間給与103万円(住民税は98万円)までは所得税・住民税は課税されないという点があります。所得税・住民税が課税されないのであれば、たとえその事業年度は会社が赤字であっても、税金がかからない範囲で法人の経費として計上しておいたほうがいいということですね。仮に当期が赤字であっても、翌年以降にその損失を繰り越して、いずれ利益が発生した際に相殺することができます。
このような理由で、所得税・住民税がかからない範囲内であれば、たとえ赤字であっても役員報酬を計上しておいたがほうがトータルで考えて税金面で有利になることが多いのです。
ただ前述の通り、代表取締役は社保に必ず入らなければいけません。
役員報酬95,000円の場合の社保は約14,000円で、課税所得金額は81,000円。81,000円×12ヶ月=972,000円となりますので、所得税・住民税ともに発生しないことになります。
もちろん必ずしも所得税・住民税を考慮してギリギリにする必要はないので、社保の金額をさらに下げるために給与の金額を下げるということも考えられます。
協会けんぽの場合、給与月額63,000円未満は社保の金額が最小となりそれ以下は同額となりますので、例えば62,000円というのも一つの給与設定ラインになるかもしれません。
- 所得税・住民税が発生しない金額範囲であれば、赤字でも役員報酬を支払っておいた方が後々有利
生活で必要な最低手取額を考慮する
ミニマムでも95,000円という話をしましたが、次のラインとしては生活に必要な手取額を考慮します。
基本的に中小企業の場合、役員報酬の金額は少ない方が全体の税金(社会保険料を含む)は少なくなります。そのため、少ない金額から順に検討するというのがセオリーです。
会社を経営しているのに役員報酬は少ない方がいいというのはなかなか夢がない話ですが、会社に残っているキャッシュも含めてすべて自分の財産であると考えれば、会社のお金を運用して将来的な資産を形成することもできます。
生活に必要な手取額とは、額面給与から社会保険、所得税、住民税を差し引いた金額になりますので、いったん額面給与をざっくり決めて給与計算をしながら検討してみましょう。
- 社会保険料が高率なため、役員報酬は基本的に少ない方が税金的に有利になる
- 手取は最低限にして、法人に残したお金で資産形成をする
法人の利益を800万円以下にする
会社の利益が潤沢に出るようになってきて、税金を少なくするということも大事だけど多少は手取を増やしたいと考えた時に一つのラインとなるのが、法人の利益800万円というラインです。
中小企業の場合、法人の利益800万円までの税率は約25%前後(会社や地域によって多少の差があります)で、社保の料率よりも低い税率なのですが、800万円を超えると急に税率が上がり約35%以上になります。
法人税率が高率になると会社に利益を残すメリットも薄れるため、多少は役員報酬を増額して個人の自由にできるお金を増やすということも選択肢に出てきます。
ただし前述の通り、役員報酬は決算から3ヶ月以内に決定しその後1年間は変更できないため、法人の利益が800万円前後になるかどうかは事業年度が終わってみないと結果はわからず、役員報酬を決める段階では予測で決定する必要があります。
この利益800万円ラインをターゲットに役員報酬を決めるというのは、少し高度なシミュレーションが必要になりますし、予想外の着地をすることも考えられます。ただしあくまで目安なので、絶対に800万円超えてはならないわけではない(たとえ800万円を超えて法人税率35%でも、役員報酬の所得税・住民税・社保よりは安い)ので、大体で考えてOKです。
- 法人税は会社の利益が800万円を超えると高率になるため、役員報酬で調整する
- 事業年度の初めに予測をしないといけないため、高度なシミュレーションが必要
社会保険料の等級レンジを考慮する
ここまでくると最終調整です。
社会保険料は額面給与に料率を乗じて計算するわけではなく、「標準報酬月額」というある程度のレンジの中で固定額を課す仕組みになっています。
具体的に例示すると、
という感じです。
上記の例でいうと、給与額面545,000円でも、574,999円でも社会保険料の金額は同じということです。
つまり標準報酬月額のレンジ上限ギリギリの額面給与を設定するほうが割合としては有利ということになります。
このくらいの金額レンジになってくると、標準報酬が1等級上がると社会保険料が1万円上がるので、毎月のことと考えるとけっこう大きな金額になりますよね。
ただこの標準報酬のレンジの計算には注意点があり、額面給与だけではなく通勤交通費なども含まれるため、上限ギリギリで設定する場合はご注意ください。
- 社会保険料は額面給与ではなく、標準報酬月額によって保険料が決定される
- 標準報酬のレンジ上限ギリギリに設定するのが有利
役員報酬以外で個人にお金を移す方法
ここまで役員報酬の決め方について説明してきましたが、基本的には役員報酬の金額は少ない方が節税としては有利になるということで説明してきました。恐らくここまで理解した上であなたが考えることは、
役員報酬は低い方が有利といわれても、個人で自由にお金を使えないのは嫌だ!!
ということだと思います。ほんとそうですよね。
役員報酬を払わない方が税金支出は少なくなるのですが、会社にお金を残しても使える用途は限られてきますし、お金はあるのに貧乏という状況になってしまっては本末転倒ですよね。
そこで別のアプローチとして、役員報酬が少なくても個人の可処分所得を増やす方法を紹介します。先に項目列挙すると以下の方法が考えられます。
家族への給与支給
これはよく見かける手法ですが配偶者などに給与を支払うという方法です。
家族へ給与を支給すると、税務調査では勤務実態などを見られるなどの別の課税リスクが発生しますが、実際に事務作業をサポートしてもらって、扶養の範囲内で働いてもらうというのはよくある形です。
ここでのポイントは、「必ず社保の扶養の範囲内」での給与支給とすることです。
前述の通り、個人負担で一番大きいのは社会保険料です。社会保険料が課税されないだけで約29%の節約になります。社会保険は給与年間130万以内であれば扶養に入れることができるので、その金額の範囲内で設定しましょう。
株主配当として支払う
配当として支払う方法は、一般的にはあまり使われない方法です。
配当というのは、法人が決算を終えて法人税を課されたあとのストック(繰越利益剰余金)を株主に還元するというものです。法人税がすでに課されているので中小企業で約25%はすでに目減りしている状態です。
そこから配当を支払うと、株主側では所得税と住民税が課税されることになり、2重で課税されることになってしまうのです。それだったら法人税の課税前に役員報酬などで経費にしつつ支給したいですよね。
そのため、一般的には不利な方法として知られており、株主配当という形で個人にお金を移すという形は通常検討されません。
ただ配当として支払うことで唯一有利になる点として、社会保険料がかからないという点があります。
この社会保険29%が発生しないという点を考慮すると、実は役員報酬で支払うよりも有利になるポイントが存在します。
具体的なシミュレーションは割愛しますが、ぜひ自社の利益の状況を見て検討してみてください。
民間の保険を使って節税をしながら繰り延べる
ちょっと話が変わりますが、あなたは個人で貯蓄型の生命保険に加入していませんか?
経営者の場合、貯蓄型の生命保険はほとんどの場合、法人で加入したほうが節税上有利になります。
有利な点は2点。まず個人で生命保険に加入するとその支払った保険料は「生命保険料控除」として所得から差し引くことができますが、差し引くことができる金額は保険料をいくら支払っていたとしても、最大で4万円です。(複数種類の保険に加入した場合でも最大12万)
一方で、法人で貯蓄型の保険に加入すると、支払った保険料の40%は損金に計上することができます。
そして2点目は、今まで役員報酬として受け取った手取額の中から、生命保険料を支払ったり、老後のために貯蓄をしていたとしたら、個人で積み立てるのをやめて法人で貯蓄型の生命保険に加入することで、その貯蓄や生命保険料の分、役員報酬を減額することができます。その結果、役員報酬の減額分だけ所得税・住民税・社会保険料の負担を回避することができるということです。
これらダブルの節税効果で、民間の貯蓄型保険を使った節税というのは非常に有効です。毎年必ず一定額の保険料を支払わなければならないという資金拘束的なデメリットがありますが、それは個人で生命保険に加入しても同じことです。どうせ支払うなら節税できる形で法人を使ってストックしましょう。
福利厚生制度や旅費規程を利用して、給与以外で支給する
これは別の記事でも詳細に解説していますが、役員報酬として支給せずに、社宅や出張手当など、給与以外の支給として支払うことで、役員報酬として課税される金額を減らすことができます。
社保や所得税を課税されずに個人が利益を得られれば節税に繋がるので、このような福利厚生規定は必ず設定しておきましょう。
ただし社宅や出張手当、食事手当などには税務上定められた限度額があります。
これを超えて支給をしてしまうと、給与という扱いで所得税等が課税されてしまいますので注意しましょう。
詳しい項目やそれぞれの注意点は福利厚生の記事で解説していますので、そちらをご確認下さい。
節税を考慮した役員報酬の決め方まとめ
ここまでいろいろなアプローチで役員報酬の決め方を解説してきましたが、この記事をまとめると以下の通りです。
給与というのは実はかなり高率です。特に社会保険料を回避するということが手元資金を増やすカギになりますので、工夫して支給額を抑えましょう。
今回ご紹介した方法以外でも、法人を利用してできるだけ生活コストを抑える方法も別の記事で解説していますので、ぜひ他の記事も読んで参考にしてみてください。